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土を育てる

 耕す・カルチという言葉はカルチャーの語源となったほど文化・文明の礎です。勿論、現行の農業にとっても基本中の基本。ところが耕さない農法が今注目されています。

 久しぶりに本を読みながら興奮しました。アメリカはノースダコタ州の農家ゲイブ・ブラウン氏が書いた「土を育てる」という本です。アメリカでは土壌の劣化や流失が深刻化していることは知っていましたが、本書の前半では彼の地の農家がいかに苦しい状況にあるのかがつづられます。ケイブ氏も農業を始めた頃に深刻な天候不順によって大打撃を被る。読み進むうちに本当に深刻なのは土壌の荒廃であることが分かるのですが、本書では、そこから現行農法を見直し立ち直る経緯が描かれます。鍵となるのは「リジェナラティブ農業(環境再生型農業)」との出会い。日頃カタカナ用語に不信感をもつものとしては、ちょっと斜に構えてしまうのですが、ゲイブ氏の体験談を読み進むと、これが私自身の経験や疑問と見事に一致していて一気読みした次第。

 リジェナラティブ農業は不耕起栽培の一種と見ることもできます。アメリカ政府も土壌保全から不耕起・半不耕起には肯定的で完全な有機栽培農家から農薬を使う慣行農法の農家までいろいろなタイプがあるようです。ゲイブ氏の場合は必要に応じて農薬や除草剤も使うようで、土壌を再生するために極力使用しないというスタンス。耕さない不耕起といっても自然農のようにちまちまこじんまりとやるのではない。ゲイブ氏の農地は2千ヘクタール!しかも収量、収益ともに現行農法に引けを取らない。個人的に興味深かいのは有機農法や自然農に対する私の疑問にかなり有効と思われる解決策というかヒントが提示されていること。やはり植物の根圏のメカニズムや土壌の生態系についての科学的知見が蓄積されてかなり実践的な農法が確立されつつあるようです。そこには多くの研究者が協力しているのですが、なによりゲイブ氏のように農家自ら情報を共有し試行錯誤を行っていることが大きな推進力となっている。

 リジェナラティブ農業ではカバークロップ(被覆作物)にかなりの手間をかけています。それが不耕起栽培の鍵といって過言ではない。なんと6種類以上?!のカバークロップを広大な農地にきちんと蒔く(植える)のです。そのための専用の器械もある。カバークロップは様々な菌類と共生し、その菌類が土壌を肥やしたり、場合によっては作物とも共生して地中の養分を運んでくれるのです。ただこのカバークロップ、かなり手間も費用もかかる。けど家畜を導入すれば無駄にはならない。むしろ畜産が収益の柱にもなる。このあたりパーマカルチャーとの類似性が見られる。私のような自給農にとっても重要なテーマなのであらためて考えたいと思います。さてカバークロップの効用は土壌だけではない。その花は様々な昆虫を呼び寄せる。昆虫の種類が多様化することで害虫の被害を軽減できる。菌類、微生物、昆虫、家畜など多様な生きものが共生する農業生態系が構築されるのです。そのような多様性は天候不順や災害にも強いという。

 ゲイブ氏も様々な失敗から学んだと言っています。むしろ失敗を恐れず楽しんでいるようにも見える。私も失敗の数では負けないので大いに共感するのですが、カバークロップについても適地適作があり万能の品種や組合せがあるわけではないそうです。各自がトライ&エラーをしながら改良するしかない。それに土壌生態系の研究はまだ端緒についたばかり。今後の展開を見守る必要がある。また自給農や家庭菜園に応用するためにはそれなりの工夫が必要となるでしょう。

 現行農法は60年代の食糧危機を回避したことから「緑の革命」と言われています。農薬や化学肥料を多投し大型機械を使い極限まで作物を増産する。しかしそれは土を殺すことで成り立つ農業であることが、その先進地である北米で明らかになりつつある。古来幾多の文明が滅んでいますがその原因のひとつは耕作土壌の荒廃と言われている。現代文明と科学はそれを乗り越えられるという楽観論もあるようですが私は懐疑的です。ゲイブ氏らが実践するリジェナラティブ農業はそのような現行農法の反省から生まれた持続可能な農法です。それこそ真に緑の革命と言えるのではないでしょうか。